『人に強くなる極意』佐藤優

ジュンク堂で平積みされていたので購入した本。これまでの作品もあらかた読んでいる佐藤優さんの新作です。『人に強くなる極意』というタイトルが自己啓発書っぽいのが気になりましたが、新書なので気軽に購入してみました。

 

外交官時代の佐藤さんが本当に罪に問われるようなことをしたのかは、僕が知る由もなく、またあまり興味もありません。ただ、佐藤さんは本当に頭がキレる人だなと過去の本を読んで感じています。エリツィン政権下のロシアの高官とのネゴシエートを担当していたという、いかにもタフな経験に裏打ちされた論説も魅力的です。

 

以下、『人に強くなる極意』のメモです。

 2014年、日本版NSC(国家安全保障会議)が創設される。新聞やテレビなどでは、NSCが情報収集・分析や危機管理に従事する機関であるかのように報道されているが、それは大いなる誤解だ。NSCは、日本が戦争を行なうか否かを政治的に判断するための機関なのだ。憲法の文言がひと言も変化しなくても、国際情勢の変化に対応して、日本の国の姿は変化しているのである。
こういう大きな時代状況の変化について、「私とは関係ないことだ」と思ってはならない。大きな与件の変化は、一人ひとりの日常生活に必ず影響を与える。
正社員として働くことは一層難しくなる。ブラック企業しか選択肢がないという状態になるかもしれない。仕事で海外勤務をするようになれば、現地で反日暴動に巻き込まれる可能性もある。

 

私は、真理は具体的であると考える。いくら立派な内容であっても、それが実際に役立たなくては意味がない。勉強法や自己啓発に関する本はたくさん出ているが、その内容を実行することは、普通のサラリーパーソンにはかなり難しい。

 

猫だけじゃなく他の動物でも、危機的な状況になると仮死状態になるものもいます。ウサギなんか思い切りつかんだり脅したりしたら死んでしまう。なぜかというと、肉食獣につかまったらウサギは絶対に助からない。そこで、捕まった時点で苦痛を感じないために自ら心臓を止めてしまうといいます。

 

拘置所で体験した検察の取り調べなんて、まさに相手をびびらせるノウハウのオンパレード。彼らはまさにそういう意味でのプロですから、当然といえば当然です。
特に特捜の常識として「官僚、商社マン、銀行員、大手企業社員というエリートは徹底的に怒鳴りつけ、プライドを傷つけると供述をとりやすい」というのがあるそうです。

 

びびらない力、胆力のつけ方をここまでいろいろ説明してきましたが、中には大いにびびらなければいけない場面もあります。たとえば新宿の駅かどこかで怖そうな人たちに囲まれそうになった。そんな時は一目散に逃げるべきです。
彼らと対決するとか、理屈で説得しようとしても無駄です。相手はあきらかにお金になりそうなモノを奪おうと近づいてきている。そんな相手にはとにかく逃げる。
ビジネスの現場でもそのような場面があります。たとえば押し売りのような人間が来て、なんでお前の会社はうちの商品を買わないんだと因縁をつけてくる。あるいはお店などで突然怖い顔の人がやってきて、「おしぼりはいらないか」とか、「観葉植物はいらないか」と聞いてくる。
そんな時は面と向かって相手の言葉に応じてはいけません。たとえば「いや、ウチは使い捨てのおしぼりしか使わないから」などと断ろうとすれば、「こちらにも使い捨てのおしぼりはある」といわれる。「タオルなら必要だけど、おしぼりはいりません」などと断ろうとすると、「タオルも扱っている」などとからみついてきます。
相手はこちらに断る理由を言わせて、それを一つずつ潰してくる戦略ですから、とにかく理由をいわないこと。ただ一言「契約自由の原則に基づいてうちは取引しません」と突っぱねる。契約自由が法的に認められていて、買うか買わないかの判断は当然自由。その原則だけで押し通す。こちらを食い物にしようと虎視眈々と狙っている連中に対しては、大いにびびってシャットアウトする必要があります。
逃げてはいけない場面で逃げ、逃げるべきところで逃げない。そこのところがチグハグな人が結構多いです。いじめの問題なんて特にそうで、自分の子どもがいじめに遭っていたら、無理して学校に行かせる必要などありません。
相手はそれこそ理屈の通じない連中です。そんなところに無理して行かせても問題が改善するわけがない。こういう時こそ逃げるべきなのです。親であれば子どもに逃げていいぞと、学校に行く必要などないというメッセージを発してやるべきでしょう。

 

一見、関税障壁を撤廃するというTPPは自由貿易の象徴であるかのようですが、本質は全く違う。米国の狙いは、中国の台頭をもはや一国で抑えることは難しいため、日米軍事同盟、米豪軍事同盟、米ニュージーランド軍事同盟をひとまとめにして、それをかぶせる経済体制をつくりたい。これがTPPの本質であり狙いなわけです。
ですから、TPPとは自由貿易ではなく、ブロック経済の復活というのが本質です。経済協力の体をなしながら、本質は同盟なのです。ですからこの枠組みから日本が外れることはありません。
もし別なシナリオがあるとしたら、中国と経済・軍事同盟を結ぶか、あるいは核を保有して独自に他国とのパワーバランスを保つ。いずれにしても現実的にはありえない話です。

 

しかし本当のところは自分ほど国家の恐ろしさが身にしみている人間はいない。びびらないどころか、僕は国家に対してある意味で大いにびびっています。
今でも領収書はしっかりとっておきます。電車に乗った時も金額をメモしておいて、伝票処理を忘れずにしておく。あとは横断歩道でも、車が来ないからといって信号を無視して渡らない。しっかり交通規制を遵守しながら街を歩いています。
なぜそんな細かいことを気にするかといえば、国家権力がその気になったら、そんな細かいところからケチをつけて入り込んでくることをよく知っているからです。

 

虚と実、この微妙な綾がわからないのが、実は偏差値教育の優等生である官僚たちです。頭脳は明晰ですが、持ち前の合理性ゆえに1か0かというコンピューターの演算的な思考しかできない人が多い。
官僚の職業的良心、価値観とは何か。国をよくするとか国民の生活をよくするとか、そんなことじゃありません。彼らが一番気にしているのは出世です。
(中略)
彼らが一番頼りにするのは政治家であり有力者。将来を嘱望されている政治家や権力者にはとにかくおもねって、彼らとの関係を深くしようと時には涙ぐましい努力をします。
たとえば、彼らは飲み会の席などでわざとバカをやる。僕が目撃したこんな例があります。飲み会の席で一人の国会議員が突然立ち上がり、「○○先生!私は先生の前では何一つ隠しだてしません」といいながら、全裸で裸踊りを始める。すると今度は外務官僚が「全裸にはなれませんが、私だってこんなことができます!」そういいながら服を脱いでブリーフ1枚になり、芸者さんから借りた口紅で腹に顔を書いてヘソ踊りを披露する。バカなことをしている自分を出して、有力者に気に入られようとアピールする。
(中略)
聞いているほうは引くだけでしょう。いきなり自分のプライベートや誕生日の話をされても。でも自分の裸やプライベートの事情を包み隠さず出すことで、本人はさらけ出した関係、飾らない関係を築けると思っているんです。
結局彼らは相手の懐に入るどころか敬遠されました。当然です。彼らの行動の裏には人事でよくしてもらうとか、仕事で優先されようという打算がある。表面上は飾らない自分を出してはいてもしょせん演技だし、逆にそれが「飾り」になってしまっている。いびつで不自然な感じがします。
飾らない関係とは、けっして相手に自分のすべてを見せることじゃない。大事なのは相手との距離感であり、その距離感に応じた自然な関係です。その「間合い」がわからないから、突然裸になったり身上告白をしたりする。九鬼周造的にいうなら「野暮」なんです。「いき」の対局です。

 

ビジネスパーソンなら、仕事や会社の制度、仕組みをひと通り覚える30代半ば過ぎくらいが最初の鬼門です。ここで「なんだ仕事なんてちょろいもんだ」と手を抜いたり、楽をすることを覚えるとそこから伸びなくなる。
入社当初は仕事もソツなくできた優良株が、30代半ばを過ぎてすっかり伸び悩んで目立たなくなってしまうケースが多々あります。その多くはこの種の「侮り」による場合が多い。器用で要領のいい人間ほど陥りがちな落とし穴です。
何かに対して「ちょろい」と感じた瞬間があったら気をつけた方がいいです。「ちょろい」っていうのはすなわち油断であり、侮りですから。

 

「侮り」って人生の罠のようなものだと思います。得意の絶頂の時、ツイている時、地位や権力を持った時。そんな時に限って心の中に忍び寄る。
怖いのは、自分の中の「侮り」の気持ちに、自分自身はなかなか気がつかないということ。たいてい何かトラブルや躓きが起きてから、ようやく自分はあの時侮っていたなと気がつく。ですから「侮り」とは事後の概念なのです。

 

皆さんは一万円札の原価がどれくらいか知っていますか?造幣局の輪転機を回せば原価はわずか22円。

 

タダでものを受け取ると、そこで主従関係が発生してしまう。そういう場合はお返しをするなり、ある程度お金を払って買う。そうすれば力関係は発生しません。

 

期限を区切るというのは、何かを始める時にはつねにセットにして考えるとよい考え方です。たとえば何かの勉強会を始めようとする。10人くらい集まって始めたのはいいが、今度は辞め時がわからなくなることがあります。
皆勉強会を楽しんでいる。そこに、突然次回で最後ですというのも唐突で言い出しにくい。それでなんだかんだと続けてしまう。止めるタイミングを失ってしまうのです。
最初から「この会は5回で終わり。次に違うテーマでやるかは、その折に再度あらためてご連絡します」とすれば、カドも立たないしすっきりします。何事も、始める前に終わりと出口を明確にしておくことが大事です。

人に強くなる極意 (青春新書インテリジェンス)