『1つ3000円のガトーショコラが飛ぶように売れるワケ』氏家健治

新宿御苑で『ケンズカフェ東京』を営む氏家さんの本。『ケンズカフェ東京』の商品はガトーショコラだけ。ひとつ3000円で、しかも結構小さい。この本では、異常に高級なガトーショコラがどのように生まれたのか、そしてどのように売り出していったのかを紹介しています。

 

氏家さんは究極のガトーショコラをつくる職人気質を持ちながら、PRなどにも積極的に取り組んでいるところがスゴいし、ユニーク。普通、料理人(職人)の人って、積極的にPRや営業をしていくのが苦手だったり、恥ずかしいと思っている人が多いのではないでしょうか。

 

職人的思考と経営(広報)的思考を併せ持つのってなかなか難しいものです。素質の問題ではなく、自分が置かれている立場からの視点しか持ちづらい。例えば飲食店の場合、シェフは料理人(職人)としての観点からでしかモノゴトを考えず、経営者は経営的な観点でモノゴトを考えてしまうので、衝突することも多いし、2人が全然違う方向性を向いていることも多い。優秀な料理人でも、自分が経営者にならない限り、「お客さんが喜ぶ料理をつくろう」という視点よりも、「自分がつくりたい料理をつくる。自分がかっこよく思われそうな料理をつくる」という思考になってしまうと言う人もいます。お客さんが増えなくても給料さえもらえれば別に困らないし、それよりも料理人として自分がどう見えるかの方を優先してしまうからだそうです。

 

一方でオーナーシェフが営む個人店でありがちなのが、料理人的な視点しか持たず、美味しくて人気があるけどお金がうまく回らなくなってしまう。または、お客の求めてるものを何かをあまり考えず、自分のつくりたい料理だけをつくってしまうので、やっぱりうまくいかない。逆に、脱サラした人なんかがやっている、料理や店づくりへの想いがなくて経営的な視点だけでやっているお店は、魅力、色気がない面白みに欠ける店になってしまう。両方の視点をひとりで考えながらやるのって、本当に難しくて大変なことだと思います。

 

でも、昔なら定食屋は美味い定食をつくることだけを考えていれば店をやっていけたのが、今はネットを使ったPR活動だったり心地良く過ごせる店内空間をつくることだったりと、異なるセンスや思考も必要とされる時代になっていると思います。

 

適当なことを思いついたままに書き連ねてしまいましたが、以下、メモです。

日本料理は調理に砂糖やミリンを使いますが、イタリアンやフレンチは前菜から主菜まで砂糖のような甘味料はほとんど使いません。そのため、最後に砂糖を使った甘いデザートを食べる習慣があるのです。
中国に“中国料理”という名前の料理がなく、広東料理や北京料理といった郷土料理の寄せ集めであるのと同じように、イタリア料理も郷土料理の寄せ集めです。その土地の風土に合った料理があり、デザートがあります。

 

美味しいと評判で行列ができるラーメン店が潰れることがあります。
たとえば、780円で美味しいと評判になったラーメン店があるとします。そして、なにかのきっかけでブレイク。お客さんが殺到して行列ができる人気店になったとしましょう。
行列してまで食べたいという通をうならせるラーメンを作り続けるためには、それなりのコストがかかります。お客様が飽きないように味をどんどん進化させる必要もありますし、味を真似するライバルが出てきてもそれを一蹴するような仕掛けも準備しなくてはなりません。いずれにしても確立した味と評判を守るためにはお金がかかるのです。
ところが、ブレイクしてからだと値上げはしづらいもの。最高のラーメンを提供するために850円に値上げしても「ちょっと売れるようになったら、儲けに走るのか」とあらぬ誤解を受けないとも限らないのです。
かといってコストを抑えるために材料の質を落とすと味が落ち、ファンになってくれたお客様が離れていきます。「あの店は昔は美味しかったけど、最近は味が落ちたからダメだね」という話、よく耳にしますよね。
こうして人気が出たばかりに潰れてしまう飲食店は少なくないのです。

 

ふり返ってみると、合計3回の値上げのうちで、この1500円から2000円への値上げがいちばん悩んだ局面でした。
朝から晩までずっと値上げの是非を考え続けましたし、友人や知人、従業員にも「2000円にしようと思うけど、どう思う?」と何度も何度もヒアリングを重ねました。
「お前がオーナーなんだから、好きなようにすればいいよ」と肯定的な意見を寄せてくれる友人もいましたが、それは少数派。店で毎日接客している従業員たちは「そんなの無茶ですよ。値上げしたばかりなのに、また値上げなんてあり得ません!」と猛反対しました。
しかし、値段が1500円のままでは1日10本売れても、売り上げは1万5000円。利益はたいして上がらないので、人気が出て潰れてしまう飲食店の仲間入りをするリスクがあります。

 

私のガトーショコラは、他が真似できないダントツのクオリティの高さにこだわりました。他よりも「ちょっと美味しい」ではダメなのです。「ダントツに美味しい!」と感動してもらえないとトップブランドとは呼べないと思うのです。
どんなに商品力が高くても、箱や手提げ袋が貧相では高級感も“ありがたみ”もなくなります。せっかくクオリティが高くても外見で損をしているとしたら、とても残念な話。第一印象に二度目はないのです。
美味しいガトーショコラであればあるほど、パッレージングにもこだわるべきです。食べる前から「これはかなり本格的な佇まいだ。きっと美味しいに違いない」と思わせるパッケージが理想です。

 

いまの時代の雰囲気をどうなのかを肌で感じるために、私は新宿や銀座のブランドショップや百貨店に毎日のように足を運んで研究しています。それもブランド力を維持するための努力のひとつです。高級ブランドのパッケージや百貨店のディスプレイには、つねにその時代の空気が反映されているからです。
パッケージングの世界には大きく「金の時代」と「銀の時代」があります。私流に解釈するなら、金の時代はわかりやすい見栄えが受ける時代、銀の時代はシックなモダンな雰囲気が受ける時代です。

 

でも一方で、、お客様の舌と嗜好は日々進化します。
「美味しいけど、ちょっと甘すぎる」という声をどこかで耳にしたら、「うちのガトーショコラ、食べてどう思う?」と知人に味わってもらいチェックします。また、詳しくは第6章で触れますが、インターネット上のつぶやきも毎朝チェックしています。
こうしたチェックの結果、「そろそろカカオらしさ、チョコレートらしさを強く出したほうが良さそうだ」と判断したら、レシピをちょっぴり変更します。レシピを変えるといっても、舌の肥えたチョコレート通が2つを並べて食べ比べしない限り、通常は変更に気付かないレベルです。

 

ブランド力強化の一助として私が意識しているのは、自らの見聞を広めるために他の分野の一流を知ること。
そのために実践しているのが、あらゆる分野の本質を追求するため、「100」をキーワードに一流を極める努力です。
そのヒントになったのは、かつて『リュミエール』という映画評論雑誌の編集長が残したこんな言葉です。
「映画評論家になるのは簡単だ。年間100本の映画を観れば、誰でも評論家になれるに違いない」
年間100本も映画を観ていれば、目が肥えて鑑賞力も評論能力も磨かれるに違いありません。1週間に2本のペースですから、その気になれば達成可能な目標です。
映画に限らず、ある一定数以上の場数を踏むことは、あらゆる分野で本物を見分ける眼力を養うことにつながるのではないか。私はそう思い、まずは年間100軒以上のフランス料理店を食べ歩くことにしました。もちろんデザートではガトーショコラを必ず注文しました。

 

ケーキ店の厨房で白い帽子をかぶったパティシエが生クリームを絞る姿を見たりすると、普通は「あそこで手づくりしたできたてのケーキをショーケースに並んでいるんだな」と考えると思います。
でも、それがちょっと違うのです。多くのケーキ店では、タルトやムースなどの生地の土台をまとめて作って冷凍しています。その日に使う分だけを取り出して解凍し、そこへ生クリームなどでデコレーションして出しているのです。
生地を冷凍すると風味は落ちてしまいます。街のケーキ店で買ったケーキを食べてみると、残念なことですが、生地の底に解凍品特有の湿り気が感じられることがあります。

 

つまみを頼むと焼酎などのお酒が無料で飲める「0円居酒屋」、つまみを200〜300円の均一価格にした居酒屋チェーンのように、大胆な低価格路線を取るところが活況を呈しました。
高くて当たり前というフレンチやイタリアンでさえ、「俺のフレンチ」や「俺のイタリアン」といった価格破壊系のチェーンが彗星のように現れ、予約が取れない行列店となりました。
でも、飲食業会の長い歴史が証明しているのは、価格だけで勝負する店は一過性のブームで終わって、長くは続かないという事実。
メディアに興味本位で取り上げられて一時的にブームになったとしても、ピークが過ぎると潮が引くように顧客が離れて戻ってこないのです。
飲食店は、なにより「味とサービス」で勝負すべきです。「価格で勝負」を売りにした瞬間、大切な味とサービスが疎かになります。

 

これまで何度か触れているように、私は知人や店の近所の人たちに、機会があるごとにガトーショコラをプレゼントしています。味や価格帯について素直な意見をヒアリングするためです。

 

「テレビで紹介されてブレイクするなんてラッキーだね」。こういわれることもありますが、テレビで紹介されたのは決して偶然ではなく、むしろ必然だったと私は思っています。
味には絶対的な自信がありましたし、食べたお客様は「美味しい!」と感激してくれていましたから、いつかテレビで取り上げられるチャンスがあるだろうという予感はなんとなくありました。
それが1年後になるのか、2年後になるのか、それとも5年後なのかは、神のみぞ知ること。いつチャンスが巡ってくるにしてもガトーショコラの商品力を磨き続け、いつ表舞台に出ても恥ずかしくない状態にしておこうと心に決めていました。
走りながら考えて、走りながら修正する。そんな意識でつねいガトーショコラの品質に磨きをかけながら、より多くの人にガトーショコラを届けて満足してもらう工夫を欠かさない。
それを実践していたからこそクチコミから広がり、全国ネットのテレビ番組で藤井フミヤさんのような超一流アーティストが取り上げてくれることになったのだと思っています。
その意味では、偶然ではなく必然だと思っています。

 

私は壁にぶつかって悩んでいる飲食店のオーナーさんから相談を受けることがありますが、そんなときは必ずこういう話をします。
「『資金が心配だ』『人出が足りない』とか言い訳をして現状維持に苛まれていると、業績はどんどん右肩下がりになります。市場には常時、新規参入がありますし、人の心は新しい刺激を求めているからです」
壁にぶつかっているなら勇気を持って変革の一歩を踏み出さないと、なにもはじまりませんし、なにも変わりません。走りながら頭をフル回転させて考えて、走りながら修正する人だけが、チャンスをものにして“化ける”ことができる。これは飲食業会に限らず、ビジネス全般に共通する原理ではないかと思います。
変革にはリスクがともないますが、失敗したら元に戻せばいい。ガトーショコラ1本でやっている私も、じつはディナータイムの宴会だけはいまも受けつけています。ガトーショコラ1本のビジネスがなんらかの理由で傾いたとき、店が潰れないように安全を担保しているのです。
「ひとつが失敗したらすべてが終わり」という一か八かのチャレンジは、ただの無謀になりかねません。きちんと逃げ道を作っておき、戻れる場所を用意しつつ、変革してみるべきです。もとよりアイデアがあるのに、リスクを恐れるがためにチャレンジしないのはもったいないです。

1つ3000円のガトーショコラが飛ぶように売れるワケ 4倍値上げしても売れる仕組みの作り方 (SB新書)