ブックオフを創業して一大チェーンに育てあげ、不祥事によってブックオフを追放されたのちに『俺の〜』シリーズを立ち上げた坂本孝についての本。
以下、メモ。
坂本たちが一号店のために新橋を選んだのは、「新橋神話」なるものがあるからである。銀座とは違い、新橋はサラリーマンが身銭を切って利用する店が主なので、不況の影響を受けないとされている。
近年、企業イノベーション研究の第一人者とされているのが米ハーバード大学教授のクレイトン・クリステンセンである。大手企業が懸命に自社製品の性能を改善しても、ベンチャー企業が作る全く新しい製品に負けることが多い。クリステンセンはこの現象を「イノベーションのジレンマ」と名付けた。また、彼は、イノベーションを「持続的イノベーション」と「破壊的イノベーション」に分けた。
持続的イノベーションは、大手企業が製品を改善するイノベーションのことである。市場トップの企業が自社製品の性能を向上させれば、要求が厳しい顧客を満足させて、さらにシェアを伸ばすことができる。
これに対して、破壊的イノベーションは、従来技術より低品質、低価格な「破壊的技術」を用いて、今まで想定していなかった顧客に製品を提供するところから始まる。ところが、新製品の技術開発が進めば、次第に主流製品の市場を浸食して「破壊」してしまう。ベンチャー企業がトップ企業を脅かすパターンである。
心理学者のフィリップ・テトロックは『専門家の政治判断』という著書において、「人は自分の思い込みを裏付ける情報を積極的に受け入れるだけでなく、自分の誤りを証明する情報を排除する傾向がある」と実証している。しかも、素人ではなく専門家でもその傾向があるのだ。
アベノミクスとともに夜の銀座にも多少人が戻ってきた。この街は交際費で飲む人が多いので、景気の影響を強く受ける。また、時代とともに好調な業種が入れ替わり、同時に銀座に来る人のタイプも変わる。
その銀座でも変わらない掟がある。土日の夜は店を閉める「銀座の不文律」である。社用族に依存している店は開けていてもあまり意味がない。かくして週末夜の銀座は火が消えたように人通りがなくなる。
安い居酒屋では、例えば価格100円のものを80円に値下げして提供する。自分たちはメニュー開発とコスト削減によってイノベーションを起こしたつもりでも、外からは変化したように見られない。これでは、お客はわざわざ電車に乗って来る価値があるとみなさない。「目の前に店があるから行く」という人しか来てくれず、お客さんの感動や支持を集めることはできないのだ。また、他店をいくら研究しても「ワタミの10年前を追いかけているようなもの」になり、埋没から抜け出ることができない。
坂本はビジネスの情報を得るために、独自の方法論を持っている。それは「盛り場の散策」を有効活用することである。
ただ漠然と散策しても情報収集にはならない。ポイントは「人が集まっているところ」を探して行ってみることである。「人」が集まるところには「情報」が集まる。同時に「お金」への通り道になっていることが多い。
坂本の定期的な散策場所はデパートの地下である。日本橋や丸の内の本屋でどんな本が売れているか。手に取って内容を確認する。一度に20册ほど買うこともある。デパ地下では、人が押し寄せている店を確認する。100gで5000円の高価な肉が売れているのであれば、どんな人が買っているのか店員に聞いてみる。また、年配のお客の行動を見れば、どんな物が流行っているかが分かる。デパ地下に限らず、「あそこの店が流行っているらしい」という噂を聞けば、坂本はすぐに出かけていく。様々な流行ものを必ず自分の目で見て確かめることにしているのだ。
情報は場所にだけでなく、人にも付いてくる。優れた情報源になるのは、OL、料理人、ウエイターなど、盛り場をよく見ながら、横のつながりが強い人種である。
『俺の株式会社』ではシステムベースで、売上、食材費、人件費、光熱費などの計数管理をしているが、アルバイトを含めて細かい数字を見るインフラが最初から作られていた。大きな投資をしたのではなく、携帯メールの情報共有からスタートした。当日やること、メニュー、売れ筋商品などが、全員瞬時にわかる。小さな規模の飲食店としては異例の徹底度であった。
『俺のシリーズ』では、イノベーションにより驚きの提供を続けることが、持続可能な成長のために必要である。驚きの提供ができなければ、サービス業の宿命である「飽き」につながる。
フレンチ総料理長の能勢和秀は「教える競争と教わる競争」という表現をする。能勢によると、一流のシェフは若い頃懇切丁寧に教えられた経験はないが、人に教えることに抵抗がない。ところが、中途半端な力量の持ち主は自分の地位が脅かされると感じ、教えることに抵抗を示す。また、「上から目線の教え方は良くない。教える方も競争です」と語る。
「成功するまでやることは性に合わない。次を行なう余力を残すのが大事だ」これは坂本がよく口にする言葉である。色々な事業に挑戦し、失敗から学んで次に生かす、彼の今までの行動原理を表している。
坂本の考え方はハーバード大学のマイケル・ポーターが提唱する「共通価値」に通じるものがある。共通価値は「企業が地域社会の経済や社会状況を改善しながら、みずからの競争力を高めること」である。企業は利益を上げることを最優先し、失業、地元産業の低迷を放置しがちである。この結果、周囲からの共感がなくなり、企業は「大切なもの」(共通価値)を失っている。
坂本は高い給料を払って他の店から料理人を引き抜くことを嫌がる。高い給料につられて来る人は、他からより高いオファーを受ければ、そっちに移るからだ。金銭よりも心のつながりを重視している。では、どうやって部下と心のつながりを作るか。それは彼独自の方法で部下に愛情を示すことである。また、部下に対しても同じことを求める。
日本人のワイン消費量はひとりあたり年間3.2本で世界第19位に過ぎない。これに対して、世界一のフランスは、ひとりあたり年間70本も飲む。